【オランダの病院で働いている 5】
オランダの大都会の大病院の巨大食堂で働く日記
職場には30名のパート、そして20名の派遣がいる。合わせて50名ほどのチームで働いている。
かなり多く聞こえるが、1日に働くメンバーは20名程度なので週に一度、もしくはそれ以下のペースで出勤するメンバーも多い。
今回はパート仲間のモーゼスについて話そう。
モーゼスは私が今まで会った中で最もナイジェリア人っぽくないナイジェリア人だ。
「あぁ、だから二カ所に名前があったわけだ」
私が人生で初めて会ったナイジェリア人はオランダのホステルで住み込みで働いていた時の同僚、オルだ。
オルはナイジェリアによくある名前で、シャツの意味があるらしい。後ほど知り合ったナイジェリア人に教えてもらった。
「りんちゃん、綿棒貸してよ」
朝のキッチンで私が綿棒を使ってメイクをしていると後ろから声をかけられた。オルだ。
「んーいいよ」
気もそぞろに鏡を覗きながらオルに綿棒を渡した。
そこではっとした。
最近綿棒の減りが異様に早いと思っていたのだが、ひょっとしてオルお前。お前やったな?
ひょっとしなくても確実にオルだと判明した、そのくらい綿棒ケースがすかすかになってきていたのだ。
その日から綿棒は共有ルームの引き出しの奥深くにしまうことにした。キッチンの棚に出しっぱなしだった私が悪い。その棚は各々に専用スペースが割り当てられていたけれど、私が悪い。うん。
オルは他の同僚からも様々なものを”借りて”いたらしく、一番金額の高い借りパクはワイヤレスイヤホンだと知った時には流石にもうちょっと人のものを大切にしろよ、と思ってしまった。
第一印象がお世辞にも良いとは言えないオルだっただけに、ナイジェリア人に対するイメージはコソ泥、であった。
そんな中先日ナイジェリア人のイメージを覆す出来事があった。モーゼスだ。
出勤すると、その日の作業割り当てリストに私の名前がなかった。
リーダーに「ねぇ名前ないよ〜。どこ行ったらいい?」と話しかけると、即座に「じゃあキッチンのケトルをお願い」と言われた。
キッチンに向かうとそこにはすでにモーゼスがいた。
同じような掃除用具を携えてきた私に疑問符を浮かべている。
私「あれ、リーダーにここやれって言われたよ」
「だからか」
「ん?」
「俺の名前、二箇所に書いてあったんだよね。二箇所やれってことかなと思って何も言わなかったんだけど」
通常同じ作業時間に二箇所も掃除することはない。そうなった場合人員を配置できなかったリーダーの責任なのでリーダーが行うことになるだろう。
モーゼスは、リーダーがスマホをいじりながら左足で考えたようなリストに文句を言わず黙って二倍の作業をやるつもりだったのだ。
「ここは私がやるよ!」
私は驚いた。こんな慎ましいナイジェリア人もいるのか、と。
背が高くて手が届かなかったが、彼がもし身長160cm台なら肩を掴んで「文句言っていいんだよぉお!」と体をゆすったことだろう。顔の皺からしてかなり年上に見えるけどそんなことは気にしない。
オルが規格外の借りパクキングだったことに3年経ってやっと気づいた。
モーゼスとなら上手くやっていけそうである。