【オランダの病院で働いている 18】
オランダの病院で毎日15名くらいとともに働く日記。
緊張と緩和だった、まさに。
あれで笑わずにいられる人がいるのだろうか。
アミンというモロッコ出身のオランダ語ペラペラな男性の同僚がいる。
オランダに住んで相当長いらしく、言われるまではオランダ人だとばかり思っていた。
アミンは最近「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」「ありがとう」を覚え、言語学習に旺盛だ。私の疎外感解消に一役買っている。
休憩時間はいつも一人でソファに腰掛けて誰とも喋らない、そんな一面もある。
休憩中は老眼鏡らしきものをかけてスマホをいじっているが、少年たちのように仕事中にスマホをいじることはしない。
アミンは普通にサボる。
私がバケツか何かを探してうろうろしていた時も、食洗機の隣の奥まった場所にある椅子に腰掛けてぼーっとしていた。
その椅子は朝のカトラリー整理のためであって、誰かが堂々とサボるための椅子ではない。
あまりに自然にサボっているので「あれ、夕方もそこでやる作業あったっけ?」と思うほどだった。
アミンはそのサボり癖を見抜かれているのか、シフトリーダーで同じくモロッコ出身のイルケによく注意される。
そう、イルカじゃなくてイルケだ。イルカに空目するのは無理もない。
イルケは早口で私が最も聞き取りを苦手とする同僚なので雰囲気を翻訳すると
「アミン!それ終わったらこれやっといてね」
「アミン!まだ前の作業が終わってないでしょ!やりなさいね」
「アミン!どこ!」
私がアミンなら「うるさあああああああい」と両手をあげて天を仰ぐだろう。そのくらいイルケはアミンが見当たらないとすぐに彼を呼ぶ。
確かに、彼が持ち場を離れた時は用事があるのではなく、十中八九飽きてしまい食堂内のどこかをほっつき歩いているのだ。私も働いて1ヶ月以内には把握した。
アミンは恐らくじっとできない性分なのだ。
日本にいたらひょっとしたら何かしらの精神疾患にカテゴライズされたかもしれない。食器の片付けは流れ作業であり、一人抜けると途端に回らなくなる。
目を離せばいとも簡単にスルッと抜けてしまうアミンには、何かしら他の人にはないものを持っているという考えに至るのは至極当然のように思えた。
アミンのことは誰も咎めない。
誰かがアミンに対して文句を言っているのを聞いたことがない。
皆がアミンってそういうところあるよね、と知っているが、それ以上何も起こらないのだ。
ところが、今日のミーティング中にソレは起こった。
ミーティングは入院患者の配膳用台車が停めてあるスペースの横で行われる。ホワイトボードのすぐ後ろには台車がパーキングされている。
ミーティング前に夕飯を載せた台車が出発したので、使われなかった数台だけ残された状態だ。
イルケがミーティングには参加していない早上がりのメンバーに指示を出した。
「あとは壁も拭いておいてね」
「壁ね、はいはい。ところでアミンがいないよ」
それを聞いたイルケはくるっと台車側に振り向いて言った。
「アミン!」
いないだろ。
アミンは猫じゃないんだから。
台車と台車の間からぬるっとアミンが出てきた。
おったんかい。
私は笑いを堪えるのに必死だった。
台車と台車の間に人一人分入れそうなスペースがあったが、まさかそこに人がいようとは夢にも思わなかった。
ところがイルケだけは分かっていたのだ。サボりモードのアミンの定位置はあそこだ、と。
面食らった少年たちは「今台車の間から出てきたよね?」「壁をすり抜けてきたわけじゃないよね?」「嘘やろ」とざわざわした。
1日に何回もアミンに注意しているイルケの声には多少棘がある。
何回言わせるんだ、という想いが乗っかっている。
その刺々しい「アミン!」のあとに間髪入れずにぬっと台車の間から出てきたアミン。
たまらなく面白かった。
本人は「見つかった・・・」という表情だったので余計に面白かった。
その後アミンは指示された壁掃除の場所と全く反対方向に歩き出したので「ねぇイルケ、お話し中悪いけどアミン反対側に行ったよ」と少年たちに指摘されていた。
「アミン!」