【オランダの病院で働いている 17】
オランダの病院で働く日記。
私は灯りが漏れるキッチン目掛けて走った。走った。走った。
あれを手に入れない限り、帰る足がないのだから。
その日は大学病院ではなく敷地内の小児病棟での勤務だった。
大学病院の食堂の食器片付けは50名ほど雇っており、その大人数で他の病棟もカバーしている。その一つが小児病棟だ。
小児病棟はキッチンの規模が小さいので、大学病院なら8名でまわすところを2名でまわしている。
猫の手も借りたいほど忙しくなることは滅多になく、2名でちょうどいい仕事量だ。むしろちょっと暇でなんとはなしに会話でもしようか、とぼそぼそ会話をすることが多々ある。
小児病棟は大学病院よりいささか施設が古く、帰る際必ずキッチンを物理的な鍵で施錠するのが特徴だ。
大学病院では物理的な鍵はない。
そりゃそうだろう誰かが持ってくるのを忘れたら誰も入れないのだから。
というわけで、皆が各々持っているIDカードで開錠できる。施錠は自動である。
聡い読者ならなぜ私がこんなに鍵のシステムを説明しているかもう想像がついているだろう。
駐輪場に着くと、バイクの鍵がなかった。
カバンをひっくり返しても、中身を全部出しても、ジャケットを振っても、ポケットを何度探ってもなかった。
可能性としては、ユニフォームのポケットに入れっぱなしだったか。
あいにく今日はユニフォームを洗濯に出してきたので既に洗濯バスケットの中に沈んでいるはずだ。それも、小児病棟の洗濯バスケットに。
「じゃあね」
そういって別れてからまだ3分も経っていないが、施錠係のキッチンメンバーはとっくに帰っているかもしれない。どうしよう。
守衛さんに言って、IDを見せるかまだ大学病院に残っているかもしれないシフトリーダーに電話するか。
私はおろおろしながらとりあえずさっきまでいたキッチンへ走った。はよせな。開いててくれ。
日頃の行いが神も目を見張るほど良いので、キッチンへ続く扉から明かりが漏れているのが見えた。
やった!まだキッチンメンバーがいる!
私は勢いを殺さず扉を通過した。
すぐ左手の食料倉庫でポテチを貪り食う施錠係がいた。
あ?何してる?
え!めっちゃあかんことしてるやん!
ねずみもびっくりのつまみ食いを目撃したが、それよりも鍵だ。
「鍵忘れてん!」
上がる息を整えるまもなく更衣室に入った。
「ど、え、鍵?」
つまみ食いを見られてちょっと動揺しとるやないかい。
「あった!!」
やはりユニフォームのポケットに真っ黒なそれはつっこまれていた。なんで。いつも財布の中に仕舞ってるのに。
「よかったねぇ」
「かなりパニックだった。よかったまだあなたがいて」
なんでいるかは聞かないことにした。
「どこにあったの?」
いやポテチ食いながら聞いてくるなよ。せめて隠せよ。
「ユニフォームのポケット」
「うーわぁ」
「うーわぁでしょう。危なかったマジで。じゃあね!」
「本当に良かったねぇ。良い週末を!」
ポテチなんて賞味期限切れはそうそう来ないから、明らかに盗み食いであったが、彼のおかげで私はバスで帰るという選択肢を選ばずに済んだので大目にみることにした。