【オランダの病院で働いている 16】
オランダの誰もが知っているけど決してお世話にはなりたくない、だって病院だもので働く日記。
先日、モロッコ出身のべキールが食堂のレジの前でくっちゃべっていた。
べキールは20代前半のほっそりとした青年だ。
背が高いからほっそりしているように見えるが、よく観察すると肩のあたりが明らかに筋トレで鍛えたようにがっしりとしているし、そういえばお腹も全然出ていない。気になって一度聞いたことがある。
「なんかスポーツとかやってる?」
「ジムに行ってる」
私は20代の頃にジムに行くという発想がなかったので驚いた。ジムっておじさんがお腹の辺りがむにゅむにゅしてきたから行く場所ではないのか。
30代に突入した私のお腹は既にむにゅむにゅしているが、決して行こうとは思わないだってしんどそうだもの。家で固揚げポテト食う方が楽しいじゃん。
「ジムかぁ。だからムキムキなのね」
私は褒めるつもりで言ったが、褒めとして受け取ってもらえたかは定かではない。セクハラとして受け取られたかもしれない。訴えられてクビになりませんように。
「嘘。本当はジムに女の子見に行ってるの」
きしょい。
オランダ語で「きっしょ」と言いたかったが該当する言葉がなかったので顔だけで”きっしょ”を表現したら笑われた。眉を顰めて口をへの字に曲げるのである。
べキールは軽口を叩く人を選ばないので、リーダー達からも「うるさい」「今日は隣の人がべキールでごめんね、うるさいでしょ」とやいやい言われている。
彼が黙って作業しているのを見たことがない。
そんな彼がその日はレジの前でくっちゃべっていたわけだが、私はいつもと様子が違うなと感じた。
レジに座る少女は見たことのない子で、今日からの新人さんのようだった。
艶やかに輝く金髪が特徴の、美しい少女だった。
べキール、これはいつもと雰囲気が違うわけだ。努めてジェントルマンを装っているように見える。
私はヨーグルトを買いたかったので雰囲気を壊さないようにゆっくり歩みを進めた。
するとべキールは「じゃあね」と言って休憩テーブルに行ってしまった。
うわあああああああああ
ごめんべキール。会話やめないでよかったのに。私お客さんじゃないから無視して値段だけ打ってくれたら無言で払ったのに。レジのあなたも「ハロー」じゃないのよハロー言わなくていいのよ。
その後べキールに「レジの子かわいかったですねぇ」と言ったら丸めたゴム手袋を投げられそうになった。
人をおちょくったら物を投げられるのは万国共通のようだ。
残念なことにあれから新人さんは見かけていないので、ひょっとしたら1日だけでやめてしまったのかもしれない。
べキールの電光石火おしゃべりに嫌気が差したのではないことを祈る。