【オランダの病院で働いている 10】
オランダの、近所の人がみんな知っているビッグホスピタルで働く日記。
私の部署は食器の後片付けや入院患者の食事の準備がメインの仕事なのだが、たまに食堂のレジ部門の応援にも呼ばれる。
ランチのピークアワーである12時から13時までの1時間だ。
私は以前大阪の駅前のコンビニで1年間働いていたので、忙しいのは慣れっこだ。
レジ応援には日替わりで私、モロッコ人のヤミナ、そしてゼーヘラが応援に入る。部署全体で50人ほどいるのにレジに入りたがるのはこの3人だけである。
やはり忙しい部署はオランダ人に人気がない。彼らはのんびり喋りながらできる仕事が好きなのだ。陰口はこのくらいにしておこう。
先日、いつものレジ打ちに急遽仕事が追加された。最悪以外の何者でもなかった。
べキール(私が5ヶ月間名前を覚え間違えていたモロッコ人)がレジにいる私に近寄ってきた。
「これ聞いた方がいいと思うよ」
べキールが指差したレジの反対側には、フルーツの入ったバスケットが置いてあった。フルバ。猫。懐かしいな。
私もレジに座った時から”なんで今日はフルーツここで売ってるんだろう”とは思っていたが、一度気にかけただけですっかり忘れていた。
「これ配るんでしょ?」
「そうそう!3ユーロ以上買った人には今日フルーツをプレゼントするから。聞いてってね」
「3ユーロ以上だって、分かった?」
分かったはいいが承服しかねる業務だった。
ペットボトルのコーラ一本で2.5ユーロする食堂である。
そこら辺のスーパーの二倍とまでは行かないが些か高いのだ。
パンを二個買えばあっという間に3ユーロを越える。
ストレートに言おう、そんなもん全員やんけ。
運悪く、私のレジは他のメンバーが座っているレジの半分の大きさしかなく、皆がやっているようにお客さんの手の届く範囲にフルーツバスケットが置けなかった。
だからレジの反対側にひっそりと置かれていたのだ。
私が欲しいフルーツを聞いて、手渡しするしかない。
というか、さっきも3ユーロ以上買った人がいるのに説明が遅くてプレゼントできなかったじゃないか。っていうかさっき洋梨だけ買って行った人はこのカゴの中に洋梨があるからタダにしてあげても良かったのではないか。
眉を顰めているとあっという間にお客さんが来た。ランチタイムは2分だけ暇な時が訪れたかと思うと後はずっとレジを打っているものなのだ。
「今日はフルーツが無料なんだけど、いりますか?」
「はいバナナですね」
「今日はフルーツサービスしてるんだけど、何かいる?」
「バナナね」
「フルーツ無料なんだけど、いる?」
「はいバナナ」
バナナは即完した。
いつも「こんにちは」「召し上がれ」「ありがとうございました」「かわいい水筒ですね」しか言わないレジでかなりオランダ語を喋っている。
嬉しい反面、急に文章を考えろと言われたから額から汗が吹き出そうだった。
おまけにりんごは青りんごと赤りんごがあるので「青と赤どっち?」と追加で聞かなければならない。
スープだけ買って行ったお客さんが「私には聞いてくれないの」と不服そうな顔をしたのを見送ったらあっという間に1時間経った。
私には「3ユーロ以上やねん!」と早口で言うことはまだ難しいらしい。
勉強になったが、きっとまたあるフルーツサービスデーの際にはレジに入りたくないなと思ってしまった1日だった。
同じ時給なら楽な方がいいでしょ、とはオランダ人の考え方になってきたかもしれない。