オランダワーキングホリデー情報局

オランダでのワーキングホリデー(2021-2022)の情報基地。毎年200人行っているはずなのに全員地球からログアウトしたのか、情報が少ないので立ち上げました。

【オランダの病院で働いている 9】

【オランダの病院で働いている 9】

 

オランダの軍事病院と小児病棟とガン病棟と大学病院と大学が一緒になった巨大ホスピタルランドで働く日記。

 

職場には休憩スペースらしい休憩スペースはなく、その代わりと言ってはなんだがレストランのイートスペースで各々好きな場所に座ってくつろぐことができる。

 

オランダでは”従業員だからお客様のエリアで食べることはできない”などの偏屈な規則はなく、従業員だからこそお客様の立ち入らないような穴場スペースを見つけて自分の時間を過ごす同僚も多い。

 

マックスがいい例だ。

 

 

 

彼はオランダ人で、たくさんいる学生の従業員とも仲がいい。

 

英語も達者であるが、休憩中は絶対に皆のいる円卓には寄ってこない。

 

大きなヘッドフォンをつけて誰にも気に留められないような隅っこのテーブルに腰掛けるのである。

 

レストランの隅っこは入り口から教室3つ分ほど距離があるのでそうそう見つけられない。

 

私は彼の愛想はいいけれど、自分の時間を大切にするところが大人っぽくて他の少年とは違うなと感じている。

 

先日、私は8時間労働の間に「誰とも喋りたくないかも」と思う瞬間が訪れた。

 

そこでレストランには行かず、作業場から少し離れた窓際に腰掛けることにした。

 

自分の肩あたりまで煉瓦造りで、その上から窓になっている、オシャレな造りだ。窓の向こう側はどこぞの部署のオフィスになっている。

 

週末なので空っぽのオフィスから自分の腰掛けている場所を見られることはないし、授業のない週末は学生の出入りも少ない。

 

集中して本を読んでいると、誰かの足元が見えた。まっすぐこちらに向かってきている。

 

顔を上げると、さっきまで一緒に働いていたヒューゴがいた。

 

同僚の中で一番髪の長い青年だ。下ろした髪は腰の辺りまである。

 

彼はおしゃべりが多いオランダ人の中であまり口数の多い方ではない。

 

黙っていたが、「なんでそんなところに座ってるの」と目でものを言っていた。

 

私の隣にはあと一人腰掛けられそうなスペースがある。

 

私は黙って右手で空いているスペースを指した。

 

”座る?”

 

ヒューゴは目を逸らした。

 

「風に当たってくる」

 

そういえばこの先には駐輪場がある。

 

休憩時間に外に行くのも次からありだな、と考えた。気分転換にいいかもしれない。最も雨ばかりのオランダで晴れていればの話だが。

 

しばらくすると足音が聞こえた。また誰かが来る。

 

静かな足音は私の目の前までくると、ふっと消えた。

 

ヒューゴが私の隣に座ったのだ。

 

私は「え、一回断ったけど座るんかい」と面食らった。

 

ヒューゴと私はレストランの円卓で一緒に座ったことはあるが、二人きりで話したことはない。

 

彼はゲームオタクっぷりを発揮し時折早口なので私の老いていく耳では聞き取ることができないことがたまにある。

 

曖昧に笑う私に、「こいつ分かったふりしてんな」と思うのか、もう一度ゆっくり言ってくれる優しい青年だ。

 

早口でリスニングのテストのような彼に少し苦手意識があったので、まさか座られるとは思っていなかった。

 

誘っておいて最悪の物言いである。

 

何を話したらいいのか分からない、これはどうしよう。

 

いや、そうではない。

 

私は何故話さないといけないと思ってるのだろう。

 

皆と円卓にいる時のように、いつの間にか各々が話終わって黙って全員スマホを見つめる時間が訪れてもいいのだ。休憩ってそんなものだろう。

 

しかし、私はこのゆったりとした時間をいつものように本に没頭して終わらせたくないと感じた。

 

私は意識してスマホから目を離し、頭をぐるぐる回転させて話題を探した。

 

「週末は静かでいいね」

 

「そうだね」

 

「この職場って休憩が多いよね」

 

「特に週末はね」

 

「そう?平日と違うっけ?」

 

「僕なんてさっきもみんなと休憩したのにまた休憩だよ。出勤して15分しか働いていないのに30分休憩してるよ」

 

「それは長いな」

 

「長いだろ」

 

「・・・」

 

「ヒューゴってどれくらい働いてるっけ」

 

「4年だよ」

 

「そこそこ長いね」

 

また知らない間に青タンが出来ちゃった、来週サッカーを観に行くんだよ、わざわざロッテルダムまで行くんだ、今日は晴れててバイクに乗るのが気持ちいい天気だった。

 

頭の中で言葉が浮かんで爆ぜていくが、音にはならない。ヒューゴには当たり障りのない話なんて意味をなさなくて、本当のことを伝えた方がいい気がした。

 

なんでこんなに動悸がするのだろう。

 

 

私が休憩時間に座る席は必ず円卓と決まっていて、誰かが一緒に座ってオランダ語の練習でも付き合ってくれないかなと待つ時間でもある。

 

次の日からヒューゴは私のいる円卓に必ず来るようになった。

 

休憩時間が違うポジションに当てがわれることもあるので毎回ではないが、隣に座ったあの日から距離が近くなったことは確かだ。

 

私は自意識過剰になった。

 

「あれ、パートナーがいること言ったよな・・・?」

 

彼は毎回私の右隣に座る。

 

最初は他の同僚も座っていた気がするのだが、ここ二、三日はヒューゴだけが円卓に来るようになった。

 

こうなると自意識過剰は加熱した湯の如く沸騰する。

 

あれ、誰ですか急に来なくなったのは。皆で天気の話でもしようよ!ってかマシンガントークのズヴェッタはどこに行ったの!?いつも私と同じ円卓に座ってたじゃん!?

 

あわてふためく内心と徐々に焦らず会話できるようになるのは同時進行だった。

 

今日も私は「あまりパーティが好きではない」などという聞かれてもいない独白をしてしまった。

 

どうにもヒューゴの前になると「オランダ人ってパーティ好きだよね。行くには行くけど慣れてないから毎回くたくたになっちゃう!」という上っ面の言葉ではなく、

 

「マジでしんどいから極力行かないようにしてる。ずっと隅っこに座っときたい。踊りたくもない」と心の声が出てしまう。

 

ヒューゴは私が初めて知り合ったパーティ嫌いのオランダ人だった。

 

その日の帰り、私はチームリーダーであるカーターがしんどそうにしているのを見かけた。

 

カーターはまだ学生であるが、休学中にこのパートを始めて今やリーダーを任されている20代前半である。他のリーダーたちが40代なのに比べ一等若い。

 

若いからこそ戸惑うこともあるのだろう。

 

疲労感漂うカーターの隣にはヒューゴがいた。

 

そういえばいつも最終チェックの見回りの時も、カーターの隣で補助しているのはヒューゴだ。

 

私は自分の思い上がりに気づいた。

 

彼は助けが必要なタイミングの嗅覚が敏感なのだ。

 

あの日、窓際で一人スマホをじっと見つめる私は寂しそうではなかったか。

 

彼にはSOSのサインを発しているように見えたのだろう。

 

馴染めていないのかもしれない。

 

オランダ来たばっかりって言ってたもんな。

 

そんな想いで丸まった肩の私の隣に腰を落ち着けてくれたのかもしれない。

 

回りくどい文章ですまない。一言で語ろう。

 

マジ勘違いしてごめんな!!!!!仲間想いのええやつやったんやな!!でも君と話やすいのは事実なんや!!そこはありがとうな!!

 

微小な変化も見落とさない彼がリーダーになる日が、私は近いと感じている。