オランダに住んでいる人(31歳・♀)が送る限りなく異世界オランダ日記。
【池の女神は言いました】
オランダの片隅にて、一輪挿しを部屋に置いたら「一本だけって寂しいね」と言われて驚いた私がお送りする。
先日、配達中に腹が痛くなった。
その日は出勤前から「今日は体調が良くないな」と思っていたが、やはりそのまま体調は下降を続けた。
仏頂面に、無愛想を加速させた私は歩く大仏だっただろう。
その日、初めて行くレストランだった。
新店舗らしくガラスに曇りはなく、店内はピカピカだった。
その日は夕方のシフトだった。
ディナータイムにドーナツを頼む輩がいた。
個数からしてパーティ用なのだろう。
その配送先を三度見したが、住所に誤りはなさそうだった。
”サブウェイXX店”
いつも商品を受け取る場所として寄るサブウェイに、配達で訪れることになった。
半信半疑、いや全疑で向かった。
全疑は当たっていた。
店は閉まっていたのだ。
しかし、メモ書きが加えられていた。
”着いたら電話下さい”
ということはバックヤードに誰か残っているのだろう。
私はディスパッチャー(時間帯責任者)に電話を催促した。
我々はお客さまの住所と名前だけ知らされているので、電話は出来ない規則だ。
ディスパッチャーからの連絡を待っていると、後ろからエンジン音が近づいてきた。
「それ俺の!」
ヒゲ面で赤いキャップを被った兄ちゃんが現れた。
お客さまというより、兄ちゃんという呼び名がふさわしい雰囲気だった。
私は一応確認した。
「ダンキン頼みましたか?」
「そうそう!今から店で食べるんだ」
店内は閉店しているのでもちろん真っ暗だ。
慣れた手つきで鍵を開けるので、興味本位で聞いた。
「マネージャーさんなんですか?」
「うん!これ俺の店!あ、お腹空いてる?クッキー食べる?」
”あ、”からの言葉が全然繋がっていなかったのが気になったが、
ここで「いいえ、お腹が空いていません」というバカがどこにいるだろうか。
そんな定型文、人生の教科書には載っていなかったはずだ。
人生の教科書(卑しい人間編)には”何かくれそうな雰囲気の人がいたら極力下手に出る”と記載があったはずだ。
「お腹空いています!」
腹の痛みなど忘れてめちゃくちゃでかい声で返事をした。
「どのクッキーがいい?」
池の女神様は落としたのは金の斧か銀の斧か聞いてきた。
「何でもいいです!」
卑しい木こりは女神様に任せることにした。
実際、サブウェイでクッキーを頼んだことがなかったので種類に心当たりがなかった。
池の女神様は「3種類あるから」と、3つもクッキーを包んでくれた。
女神様が過ぎる。
ヒゲ面の兄ちゃんに後光が差して見えた。
間違いなく私は、サブウェイの金の斧を手に入れた。
すぐさま近くのベンチで金の斧(マカダミアナッツのクッキー)を頬張ると、腹の痛みがどこかに消えた。
親切な人との出会いと、甘いものはいつだって元気をくれると感じた夜だった。