オランダに住んでいる人(31歳・♀)が送る限りなく異世界オランダ日記。
【サボってません!】
オランダの住宅街にて、窓から馬が自転車道路を通っているのが見えて、「追い抜かすの怖」と思った日々を送っている。
先日、変わった配達先に遭遇した。
住所は駅前から遠く離れたホームセンターだった。
確かに、周りには飲食店が少なそうだった。
昼飯を持ってくるのを忘れたのだろう。
私はずかずかと店内に入る前に、入り口にあるインターホンで店員さんを呼び出すことに成功した。
この時間に押されることがないのか、出てきた彼女は些かいぶかしげな表情だった。
「Tさんへデリバリーです」
「うちにTはいないよ」
「え」
ここで時が止まったのは両者だった。
「この名前なんだけど、一応確認してもらえる?」
彼女にスマホを差し出すと
「うん、いない」
今度は明確に否定された。
「でも住所はここなんだよね」
そこでやっと”メモ書き”に気付いた。
デリバリーでは、お客様自身がメモを追加できるようになっている。
よく見かけるのは”今ドアベルが壊れてるから着いたら扉をノックしてください”だ。
今まで3回は壊れたドアベルをそのままにしているお客様に遭遇した。
「これ、オランダ語で書いてあるから読んでくれない?」
私は図々しくも再び彼女にスマホをかざした。
「この店の駐車場で待ってるって書いてあるよ」
駐車場。
家に帰る前に商品を受け取りたかったのか、家を見られたくなかったのか、なんで駐車場なんだ。
広大な駐車場を行ったり来たりするのは面倒だったので、ひとまず時間帯責任者に連絡し、お客様に電話してもらった。
するとすぐに責任者からチャットに書き込みがあった。
”お客様、今向かってるって”
おらんのかい。
せめておれよ。
駐車場を駆けずり回らなくてよかった、と私はそのまま店の前の木製ベンチに腰掛けた。
公園に置いてあるような、広いテーブル付きのベンチだ。
10分間、私は店の前にやってくる車を凝視していたのだが、そこで気付いた。
私は違和感の塊だ。
派手なオレンジのシャツを身につけた派手なオレンジのバッグを持っているのに、配達もせずホームセンターの前でのんびりしている。
来る人全員が私をちらりと見やるものの、声は掛けてこなかった。
私は全員に「休憩してるわけじゃないの!休憩するなら駅前に戻るし!なんでこんな辺鄙なホームセンターで休憩するねん!お客さんを待ってるの!」
と吹聴してまわりたかった。
もうどうしても気になったであろうご夫婦の男性が私に話しかけてきた。
「サボってるの?」
直球すぎて私の頭上には”!”マークが出ていたように思う。
「いや、お客さんがここの駐車場を指定したから来るの待ってるの」
「それは変な人だね」
「でしょう!?」
「でも、すごいいい天気でよかったね」
彼の言う通り、太陽が私のために照っているかのような快晴だった。
ベンチは陽で熱されてだんだん暖かくなってきていた。
「しばらく休憩できるじゃん」
「だからサボってないですって」
「はいはい〜」
男性は手をひらひらさせながら去っていった。
その後も、再び現れた違う従業員に「まだ来ないの?」と声をかけてもらったが、30分待ったところで時間帯責任者から連絡があった。
「連絡が取れなくなったので、キャンセルになりました。そのサンドイッチは君のものだよ」
お客様はペプシを2本も注文されていた。
快晴、ベンチ、サンドイッチ、ペプシ。
このまま食べ始めるには絶好の場所だったが、そうすると完全にサボリになるので止めておいた。