オランダに住んでいる人(30歳・♀)が送る限りなく異世界オランダ日記。
【寿司職人とは】
オランダの都市部にて、ちいちゃいことを気にしながらワカチコワカチコしている。
昨日は新しい職場に初出勤だった。
そこは寿司屋だ。
私は初めてオランダで”日本語書かれた”求人に応募してみたのだ。
会ってみると、どうやら日本語は従業員に書いてもらったらしく、オーナーはオランダ語話者だった。
これはいい勉強の機会になるかもしれない。
お店もハーグから近くて、駅から20分程度歩く距離だ。
歩くのが好きなので、散歩にはちょうどいい。
まぁもし面倒になったら私には無敵のレンタル自転車がある。
最寄駅に自転車を置いてしまえばいいだろう。
しかし、私にはある一点が気になってしまった。
寿司の根幹とも言える部分だ。
さて、寿司と私の歴史は短いが、魚と私の歴史は長い。
かつて劇団に所属していた頃、その貧乏劇団は給料の発生が年に一回だった。
もちろん到底飯を食えないので、気持ちの本業は座員だったが、資本主義下の本業はスーパーの鮮魚売り場だった。
その仕事は「劇団の仕事に間に合う17時までに必ず終われる」という条件でハローワークの方に見つけて頂いた。
そんな依頼をしたのはひょっとしたら開所依頼初めてだったかもしれない。
そのくらい田舎だった。
場所は長野県。
採用の際、店長には
「鮮魚は一年いて欲しいな。季節によって入ってくる魚が全然違うから、一年いたら大体分かってくると思う」
後々大きく頷きたくなるアドバイスを頂いたものだ。
さて、鮮魚売り場に劇団員だと名乗るぴちぴちの20代が入ってきたわけだ。
出身は大阪。
大学は名古屋というわけわかめの経歴の持ち主。
どこからいじったらいいか分からない謎の塊だったであろう。
パートの先輩は60代が多かった。
ちょうど、自分の子供より少し年下と言ったところだ。
唯一年下だった高校生のアルバイトの子は、あまり仕事ができない子だった。
教えても来週には忘れている、それならばとメモを書いてもメモごと職場に置き忘れる子だった。
そういう訳で、先輩方の”若いもんに教えたい欲”はたった一人の20代の私に集中砲火だった。
うろこの綺麗な取り方、刺身を大きく見せる切り方、薔薇の花みたいに刺し身を盛る方法、状態の悪い魚の見分け方。
魚の基礎から応用までたっぷり教えて頂いた。
契約通りピタッと一年で辞めたのは劇団の無給生活の方を終えたかったからであって、鮮魚が嫌になったことは一度もなかった。
何故か連続して指を切ってしまう週があった時は”もっと安全な職に就きたい・・・”とめそめそ思ったがそれは私が上手くなればいい話だった。
一番お世話になった女性の先輩からお別れの日に
「あんたはどこに出しても恥ずかしくないわ」
と言われたことは今思い出しても少し胸が詰まる。
8年近く前の話なので、そんなこと言われなかったかもしれないが、まぁ言って頂いたと仮定しよう。
怒涛の鮮魚修行を経て、次は寿司屋に就職したのだが、それはまた別の機会に書くとしよう。
鮮魚で必ず守れと言われていたことがある。
包丁の切れ味だ。
毎日研がなくてもいいが、週に一回は必ずパートで時間のある人、もしくは社員の誰かがまとめて全員分研いでいた。
翌朝必ずこう言われるのだ。
「昨日、包丁研いだから気をつけてね」
研いだ本人も、周りの人も、昨日シフトにいなかった全員に大声で周知するくらい研ぎたての包丁は別物だった。
どのくらい別物かというと、指が皮膚に引っかかることなくスパッと切れるのだ。(経験者談)
私が昨日訪れた寿司屋の包丁は、触った3本どれも1週間以内に研がれているとは思えなかった。
半身に包丁を入れた時、するっと手元に降りてこない。
ぶつぶつと魚の繊維に引っかかるので、切り口もギザギザだった。
見た目がよろしくない。
ここを怠る職人は、私の中では職人ではなかった。
私はオランダであの鮮魚売り場を作れるだろうか。