オランダに住んでいる人(30歳・♀)が送る限りなく異世界オランダ日記。
【ここではないどこかへ】
私は現在オランダの片田舎のホステルにて、住み込みで働いている。
現在住み込み仲間は6人、一部屋で共同生活をしている。
そのうちスペイン人のAちゃんが、来週旅立つことになった。
最低2ヶ月の契約のはずだが、どのような交渉があったのか不明だが3週間の滞在となった。
ここ1週間のAちゃんは彼氏がベルギーから会いにきており、夜はホステルにいない。
もしこのまま彼氏の滞在しているホテルなりアパートに住むなら、たしかにここで働く意味はないであろう。
Aちゃんは私の上のベッドで寝ていた。
朝、空っぽのベッドを見るたび、私はもっと彼女の居心地の良さのために何か出来たのではと思う。
先日、Aちゃんと共に入る最後の清掃シフトがあった。
以前のAちゃんは仕事中にずっと彼氏とビデオ通話をしており、またそれがイヤホンではなく大音量のスピーカーモードだったため、5時間ずっとスペイン語のリスニングをしている状態だった。
スペイン語を話せても地獄、話せなくても地獄。
スペイン語を勉強中ならありがたい時間であっただろう。
彼女は仕事中に一切ビデオ通話をしなくなっていた。
今までは「ゴミ袋取ってくる」といってどこかの部屋にしけこみ、20分くらい二人きりで通話していたはずだが、今はゴミ袋を取ることにフォーカスしている。
片手にバーで淹れたコーヒーを持っていたが、まあビデオ通話より百倍マシである。
強いていうなら私もコーヒーを飲みたかったことぐらいだ。
最後に別館の一室に行き、この日の仕事は終了だ。
別館はスタッフが誰もいない落ち着ける空間なので、思い切って聞いてみた。
「共同生活、6人は多かった?」
「んー、プライベートな空間が全くなくて」
「そうだね」
「最近は夜帰ってないでしょ?」
「うん。ベッド空いてるね」
「共同生活は慣れてるんだけど、特に私の妹よりは。彼女は他人と暮らすなんて考えられない!って言ってたから。」
3歳下の妹がいるそうだ。
「私が家を出てきた理由は両親の再婚だから。再婚相手の娘が私と同い年で、それは前から仲良くしてたからいいんだけど、家に居場所がなくてね。窮屈で。だから飛び出してきたのに、ここでも居場所がなかった」
床を見つめながら話す。
彼女は私の2日後に入ってきた、まだまだ滞在歴の浅い仲間だ。
私も最初は、数日で全員と仲良くなって、スタッフお客さん問わず全員と挨拶できるようになると思っていた。
だけど時には、誰とも挨拶したくない日が来るし日がな一日YouTubeを観ていたい日も来る。
そんな気分をホステルは待ってくれない。
新しいお客さんがやってきて、時に制服を着ているだけで勤務時間外に尋ねられ、案内しなければならないこともある。
ここにいる限り、コミュニケーションのスイッチをオフにすることはできない。
常に保温状態で、誰かに話しかけられれば沸騰のスイッチが押される。
それは自分に決定権がない。
一滴の悪意が、親切に混ざっているわけではない。
全ての親切が、こちら側の精神衛生によってはまるごと悪意に感じられるのである。
恐ろしいのは、自分も笑顔で親切でいるつもりが、誰かのプライベートな時間を邪魔しているかもしれないことである。
Aちゃんが落ち着ける場所に、巡り会えますように。
新しい勤務先では、ビデオ通話はほどほどにね。