オランダに住んでいる人(30歳・♀)が送る限りなく異世界オランダ日記。
【怒りの走馬灯】
オランダの都市部にて、犯罪に遭った。
いつものように肌寒く、小雨降り頻る中駅に向かった。
自転車を駐輪場から出すためだ。
週に一回、自転車で5分のスーパーに行くお供は赤色のチャリだ。
部屋から駐輪場が見渡せるので、私は毎度見える場所に駐輪している。
さて、先の読める予知能力者ならお分かりだろう。
なかった。
先週停めた場所には見慣れぬ誰かの自転車が停まっていた。
くすんだ茶色は、私の真っ赤なチャリではない。
私の相棒はどこぞのバカの手によって奪われてしまったのだ。
サドルを特注で低くしてもらったチャリ。
一目で分かるように、ポルノグラフィティのキーホルダーをつけたチャリ。
どっからどう見ても私にしかフィットしない仕様だったはずだ。
先週、スーパーへ行ったことが最後の旅だったなんて。
春になったら、少し遠出して植物園に行こうと計画していたのに。
先週が最期の機会だったとしたら、もっと別の心躍る場所へ連れて行ってあげたのに。
と、悲しい回想をしたのはわずか数分だった。
バックパックにぎっしりヤケ酒を詰め込んで、スーパーの帰り道をとぼとぼ歩いていた。
そういえば、前回殺意を抱いたのも、盗人に遭った時だった。
中学生の頃、ひらかたパークのプールサイドで財布を盗まれた時のことだった。
ひらパーは、ディズニーランドの次に有名な遊園地なので説明の必要はないと思うが、さすがにオランダまでその名前が轟いているとは思えないので説明しよう。
どこにでもある”あの頃の遊園地”だ。
違うところといえば、USJという怪獣が関西に君臨してからも閉園していないところだ。
休憩しにプールサイドへ戻ってきた時のことだった。
私のカバンから、私の財布だけが抜かれていた。
私以外の6名だか7名の女子のクラスメイトは自分の荷物が無事だと分かると、「かわいそうに」と言っただけですぐ泳ぎに戻ってしまった。
一人だけ心配してくれた親友に「しばらく休憩してるわ」と伝えた。
私は場所取りしたパラソルの下の椅子に座ることなく、プールサイドをうろうろしていた。
もちろん財布を探すためだ。
8月の眩しい日差しの中、太陽より目をギラギラさせてプールサイドを行ったり来たりしていた。
一瞬でも私がおばあちゃんからもらったがま口の財布をちらつかせようものなら、爪を剥き出しにして飛びかかろうとしていた。
結局、ねこのがま口財布は見つからなかった。
財布の中にあった家の鍵を失ったことは、いまだに人生最大の過失だ。
しかし、30歳の私はちょっとだけ落ち着きを手に入れた。
血眼になって駐輪場をうろうろはしたが、ひょっとして先日の嵐で倒れてどこかに移動させられているのではと考えた。
あった。
すぐ見つかった。
私のチャリは、屋根ありの場所から私の部屋からは見渡せない屋根なしの場所に移動させられていた。
より危険な方に移動してくれた誰かには何の感謝もしない。
だけど、自分が冷静に対処できたことには拍手を送りたい。