オランダワーキングホリデー情報局

オランダでのワーキングホリデー(2021-2022)の情報基地。毎年200人行っているはずなのに全員地球からログアウトしたのか、情報が少ないので立ち上げました。

【ハーレクイン小説】

オランダに住んでいる人(30歳・♀)が送る限りなく異世界オランダ日記。

 

 

【痛切な話でも聞いてくれるかい?】

 

オランダの中部で友人の家に居候しながら、昨日はテレビでサッカー中継を観るくらいには大胆に生きている。

 

今日は先日アプリで知り合った、不思議な人について紹介したい。

 

こき下ろした方が面白いのだろうが、なんせ分類できない”不思議な人”だった。

 

私は言語交換アプリ、つまり世界中の相手とメッセージのやりとりできるアプリで毎日しこしこ日記を書いている。

 

そこでは顔はばっちりアジア系だが、勉強のために日本語は書かない、と決めているので必然的にオランダ語のネイティブだけが書き込んでくれる。

 

そんなフォロワーの中でもひときわ日本語の上手いオランダ語ネイティブがいた。

 

オランダ人かは定かではないのだが、オランダボーイとさせていただく。

 

オランダボーイは一見、先生のような見た目だ。

 

アイコンの後ろに写るホワイトボードが頭より低い位置にあったので、かなり背が高いことが伺えた。

 

メッセージをやりとりしているうちに、週末にうちの近所で散歩しない?ということになった。

 

散歩。

 

なぜオランダボーイは私が散歩好きと知っている。

 

いろんな場所を歩き回って、1日8キロは朝飯前なのだ。

 

「その後うちで一緒にご飯作らない?」

 

少女漫画の世界に迷い込んでしまったのだろうか。

 

私は男性に「一緒にご飯作らない?」と誘われたことは今まで一回もない。

 

「お弁当作ってきてくれたの?」と言われたことはある。

 

そう、つまり「これ美味しいね」と言われた経験があまりないのだ。

 

そんなニチレイの冷凍食品愛好家、別名料理下手な私にとって、心躍る提案だった。

 

当日、待ち合わせた駅に現れたのはベンツを乗り回すプーさんだった。

 

まず、そうか車で生活する場所なのねということと、プーさんなのに驚いた。

 

そういえばアイコンでは顔から下は確認できていなかった。

 

在宅で勤務しているとは聞いていたので、明らかにそれが原因で贅肉が上乗せされてしまった疑いのある体型だった。

 

そしてホワイトボードが遥か下にあったはずだが、身長は159cmの私より頭ひとつ大きいくらいだった。

 

プーさんは前述の通りメッセージではかなり日本語が上手かった。

 

私の繰り出すネットスラングにも対応していたので、ネットの海にかなりダイブしているとみたが、実際に会話してみてもすらすらと単語が出てくるようだった。かなり驚いた。

 

聞くと、N1保持者だった。

 

N1、N2とは日本語学習者によく聞く言葉で日本語能力試験の級のことだ。

 

毎年7月と12月に試験が実施され、以前のホテルではアルバイトがほぼ留学生だったためにこの試験日だけ誰もシフトに入ってくれず、社員と日本人アルバイト(私だけ)がてんやわんやする祭りの日だった。

 

N1は漢字も読み書きできる、長文も読解できるレベルの高い話者だ。

 

まさかオランダでN1に会えるとは。

 

2時間ほどのびのびと散歩し、初対面会話のド級の定番「兄弟はいるの?」などを済ませたところで家にご案内してもらった。

 

30歳、そこそこ歳を食った私はなんだかお馴染みのコースに乗せられている気がした。プーさんの中で、最初のデートはこれとまるで決まっているようなスムーズさだった。

 

家に着くと、オランダらしいガラス張りの一階で、扉を入って奥が倉庫、シャワールーム、プライベートルームが二つだった。一つは寝室として使っているらしい。

 

男の一人暮らしにしてはめちゃくちゃ綺麗だった。掃除をしてくれたのだろう。

 

「カレーを作ろう」

 

「カレーなんて久しぶりに食べる!きゃっきゃ!」

 

とテンションを上げたかったのだが、私はなんらかのスパイスのアレルギーだ。

 

食べると喉がイガイガし、息がしにくくなる。

 

そのスパイスを調べようと思っているうちにいつの間にかオランダへのフライトに乗ってしまっていた。これはKLMが悪い。

 

初対面なので遠慮してそのことが伝えられず、棚にびっしりと並ぶ同じメーカーで買い揃えられたスパイスの瓶を眺めながら、どうかこの中にアレルギーのそれが入っていませんように、と願った。

 

願いは叶った。

 

料理中といえば私の中では完全に”相手のお尻がフリーになる絶好の機会”である。

 

私のフリーになったお尻目掛けて手でも飛んでこようものなら、「早いんじゃ!」と右手に包丁を持ったままなまはげのように牽制しようと思っていたが、そんなこともなかった。

 

プーさんがルーを使わずにカレーを完成させていくのを見て、よっぽど料理好きなんだろうなと確信した。

 

包丁もホステルのキッチンのように、壁に磁石がくっつけてあってそこに貼り付けて収納していた。

 

一般家庭で貼り付け収納を採用している家を今まで見たことがない。

 

もぐもぐと熱心にカレーを消費した後、50インチはありそうなでかいテレビの前のソファに転がった。

 

10キロも歩いたため、足がパンパンだ。

 

むくむ足を恨めしく揉んでいると、プーさんはしれっと横に座ってきた。

 

よく見ると奥二重だ。一重の私はとにかく二重が羨ましい。

 

世間の距離感を詰めたい男女がよくやる「太ももむちむちだねぇ」「僕のも触ってみて」「なにこれ筋肉すご!かた〜い」「こっちも触ってみて」「もっとかた〜い」など文章にすると中身がなくてこっぱずかしいやりとりをした。

 

静かになったなと思うと、プーさんの唇が目の前にあった。

 

 

展開はや!やっぱ少女漫画じゃん!

 

というか、1回目で手ぇ出すとか、出会い厨じゃん!

 

 

今は冷静に判断できるのだが、私はワラにもすがる思いだった。

 

この時私は、パートの面接の結果を待っていた。

 

最初は1週間でくるはずの結果だったが、なんだかんだ2週間が経っていた。

 

雇ってもらえるのだろうか、もらえないのだろうか。

 

また、当時借りていた部屋のオーナーとソリが合わずにだんだん嫌がらせがヒートアップしてきた頃でもあった。次はどんな揚げ足を取られるか分からない。

 

旅行で来ていた頃は大好きだったはずなのに、気に入った異国で生活することはこんなにも辛いかと感じていた。

 

今日私は、出来れば帰りたくない。

 

 

 

すがったワラが、マボロシだったことを次回書いてみたい。