【オランダの病院で働いている 12】
オランダの病院で小銭を稼ぐ日記。
チームリーダー、ミゲルの話をしよう。
彼は両親もイタリア人、パートナーもイタリア人、孫までいる元気な50代だ。
両親の頃からオランダで暮らす移民である。
オランダに住んでいるとよく移住しているイタリア人に会うが、ミゲルは私が出会った二人目のイタリア人だ。
一人目はホステルの同僚だったアンドレア。
ミゲルとアンドレアの共通項はサッカー狂である点で、アンドレアはプロサッカークラブの下部組織にいたし、ミゲルはオランダでアマチュア女子サッカーチームの監督をしている。趣味でプレイしている人になら会ったことはあるが、監督には初めて会った。
今まで出会ったイタリア人男性は100%サッカーに酔狂なことから、私の中でイタリアといえばまずはサッカーである。
もう一つのイメージはミゲルがよく口にするアルパチーノだ。
「僕ってアルパチーノ顔負けのイケメンだからさ」
世代を問わずして伝わるギャグなので1週間に一回は耳にする。
1日に3回くらい聞いたこともある。
その度に私は「日本にそういう俳優はまだいねぇな・・・渡辺謙はハリウッドだけだもんな」と勝手に渡辺謙を下げて申し訳ない気持ちに浸る。
鼻の穴が一つしかなかったり、眉毛がランジャタイの国崎さんみたいに半分剃られていたら笑えるのだが、ミゲルは本人が思っている以上に顔が整っている。
堀が深く、サッカーを嗜んでいるだけあって脂肪がない。
ダビデ像にスモールライトを当てて背を低くすればミゲルの完成だ。
そんなミゲルが先日、「キングズデーは何するの?」とミーティング中に聞かれていた。
ミゲルは「オランダの祝日だからねぇ」と前置きした。
それは移民が誰しも思うことなので私も頷いた。
大手を振り楽しむだけの祭りでさえ、自分の国にない習慣はいささか馴染めない。ミゲルもそうなのか、このお祭り好きそうな男が、と意外だった。
「僕は酒でも飲むかな。みんなはコカインでも吸ってハッピーになればいいよ。吸って吐いてハッピー!」
なんだそれは。
おめぇチームリーダーだろ。
10代の青年の前では冗談がきついな、と衝撃だった。オランダでは、大麻は合法でもドラッグは違法である。ドラッグ中毒者も深刻な社会問題だ。
ひょっとしたら今までオランダ語が幼稚で理解できていなかっただけで、こんなような冗談は私が引っ越した3年前から日常茶飯事だった可能性もある。
その後、休憩になったのでヒューゴに尋ねた。
「私が聞き間違えてなけりゃ、ミゲルさっきコカインって言ったよね?」
「言った」
言ったんだ。
「ミゲルは昔、コカインで捕まって刑務所に入ってたんだよ」
「は?」
「・・・」
「からかってる?」
「本当。本人から聞いた」
まああああああああじでえええええええええええええええええ。
抱えきれない事実にがっくり項垂れた。その時の私は中国のパクりドラえもんくらい怖い表情をしていたと思う。
孫までいる男性を勝手に”優しいサッカー好きのおじいちゃん”で括っていた私が悪いのだ。
「それ本人から聞いたとしてもほいほい他人に言わん方がええで」と忠告するのを忘れてしまうほどに驚いてしまった。
それからの私はいつも通りミゲルと接している。
コカインギャグとか思いついても言う度胸がないし、言わない方がいいに決まっている。距離も置かない、
私「刑務所ってオランダ語でXXだよね」
ヒューゴ「あってる」
「この単語、習った時は一生使う機会ないと思ったのにな」
ヒューゴが隣でニヤリと笑った。