【オランダの病院で働いている 46】
オランダの豆腐みたいな建物の病院で働く日記。
「見て!こないだスクーターでこけて青タンできてん!」
ケタケタ笑いながら裾を捲ると、予想外の返事が来た。
私はスクーター購入初日にまだ腰掛けてもいないのに、間違えてアクセルを蒸してこけた。
初日にこけて痛いを思いをしたのでその失敗はもう二度としていない。
熟れていないみかんよりも青く、足首なんかはぷっくりシールでも貼ったのかと思うほど腫れ上がっていた。
同僚に青タンを見せれば「もーう!しんじらんなーい!どんくさいわ〜!」と笑ってくれるかなと思ったのだ。
同僚のマークの反応は思っていたものとは違った。
「ああ、うわ・・・もう。スクーターはこうやって乗るんだよ。気をつけるんだよ」
心配されてしまった。
そうか、人が怪我したら心配するのか。普通の人ってそうなのか。
私は上記の「どんくさいね〜!」の反応をして茶化すタイプなので、他人がまさか自分を心配してくれるなんて思ってもみなかった。
このようなことは最近も起こった。
その日私は寝違えた。
起きた時にピキッと左首にヒビが入ったような痛みがあり、そこからというもの左を向くには体ごと向かないといけなかった。
作業場は基本、左から食器が流れてくるので体をずっと斜め左に向けている必要がある。
さてどうやって今日を乗り切ろうかなと右手で左首を揉んでいると、リーダーのミゲルに声をかけられた。
「首痛いの?」
バレた。
ただ肩が凝っているだけかもしれないのに秒で聞かれて光の速さでバレた。
「ちょっと寝違えたんだよね・・・」
すまなさそうに言うと、「あっそう」で済むと思っていた会話のラリーが続いた。
「事務所に痛み止めあるけど飲む?」
「薬を飲むほどではないかなぁ。もしひどくなったら飲むかも、ありがとう」
「アンメルツヨコヨコみたいなのあるけど塗る?」
「塗りたい」
「ハーブだからよく効くよ」
私は始業時間をすぎているので引け目を感じながら事務所に入った。
机にはすでにハーブ系の全くみたことはないが、形状はアンメルツヨコヨコに似たものが置かれていた。
世界中にあるのか、アンメルツヨコヨコ。
「あと首冷やさないほうがいいよ。タオル巻いたらいいよ」
これはボスのコルだ。
私が白いユニフォームに白いタオルを巻くと、全身白の作業着の人が完成してしまうので躊躇していると、
「ほんまに。あったかくせなあかんで!」
コルは見かねてタオルを持ってきて私に手渡した。絶対巻いたほうがいいと言う自論なのでついつい和訳が関西弁になってしまうほどに。
しばらく仕事をしていると、食器が少なくなってきたタイミングでマケドニア人のゴルカが声をかけてきた。
「マッサージしたろか?」
ゴルカは身長は私と同じくらいだが、腕の太さが私の倍はあるのでなんというか、その、マッサージが上手そうである。
体型はトムブラウンのみちおさんに似ているので、フライパンのように私の首を曲げられてもこっちは為す術もない。
くるくる巻かれたフライパンになることはなかったが、ゴルカのマッサージは過去一のパワーで、途中明らかに首と肩が「キャアアア」と悲鳴をあげていたが、終わった後はスッと上半身が軽くなった。
「寝違えたの」「あっそ」で終わらない同僚たちに私は自身が生まれ変わらねば、と思い知らされた。
人を使い捨てのコマだと思っている社会で長らく働いてきた。
そのことを、社会のせいだと思ってきた。
私だったのだ。
私の思いやりのなさがあの日本という労働者を自殺まで追い込む社会を作り出していたのだ。
今度は私が誰かの体調が悪ければ、労われるように変わっていきたい。