オランダに住んでいる人(30歳・♀)が送る限りなく異世界オランダ日記。
【地獄谷に行こう】
オランダのホステルにて住み込みで働いている。
ゲストに「今日は清掃じゃないの?」と言われるくらい清掃に入っているが、そんなある日、珍しく朝食のシフトだった。
「ここは昔銀行だったの?」
しげしげと朝食会場のバーに貼り出されている新聞を読むゲストがいた。
60-70代くらいのご夫婦の旦那さんだ。
「せやで!あとここは金庫だったの」
私は金庫という単語が分からなかったので、バーの奥にある元金庫を指差しながら歩いて行った。
「監獄みたいだね」
「みんな言う」
「ところでどこ出身なの?」
「日本だよ」
パーっと広がる笑み。
旦那さんのメガネの奥の目が糸になった。
「新幹線で旅して、大阪と神戸と京都と鹿児島と東京ジャズフェスティバルに行ったよ」
思っていた倍以上の地名が出てきた。
多すぎて最初に自分の出身地が出てきたものの「マイホームタウン!」と言い逃してしまった。
そして最後のジャズフェスティバルは初耳だった。
「あそこも行った。っていうか今も観てるものがあるの」
そう言って嫁はんが動画を見せてくれた。
そこに映るのは猿達だった。
「おはようございます!猿達が山から降りてきました」
長野県は地獄谷だ。
バーに響き渡る日本語。音でか。
私もナショナルジオグラフィックの表紙で地獄谷は見たことがある。
むしろそこでしかない。
長野県に住んでいたにも関わらずだ。
猿の映像を見せてくれた嫁はんは笑みを讃えながら教えてくれた。
「ほぼ毎日ライブ配信してるよ」
観ないけど面白い情報をありがとう。
その後にほとんど猿の話をして終わったが、フロントでチェックアウトした際にまた会うことができた。
「これ僕の名刺」
どかんとトランペットを吹くミュージシャンが写っていた。
え、ミュージシャン!?
良く見ると裏側に漢字で"写真家"と書かれていた。
「だから地獄谷に行ったのか!」
目を丸くする私に旦那さんは頷いた。
「そうじゃないとあんな遠いところ行かない」
左様でしたか。
では、地獄谷の猿のライブ配信を観るためさようなら。